無為のmillefeuilleあるいはBaumkuchen

私自身の問題を多少なりとも解消させ、無為や泰然自若を養うための墓所

621回目

おそ幼女、三方四四古です。

 

えーっと、昨日っていうか、今日の朝か、

 

朝、

 

こないだ破滅派さんに上げた合評会の話の、

 

利他流の奇瑞の話をしましたけども、

 

今回もその話です。

 

はい。

 

利他流の奇瑞、

 

最初は奇瑞じゃない単語で考えていました。

 

ええ。

 

今言いませんけども、

 

それはまたいずれ使える可能性もありますし。

 

今は言いませんけども、

 

最初は違う単語を当てはめていたわけです。

 

利他と流動性:○○

 

でいう感じで、

 

考えていたんですけども、

 

いかんせん、釈迦を読んでたら、最後に出てきたもんで、

 

その単語が。

 

奇瑞が。

 

出てきて、

 

奇瑞って何だろうってGoogleで調べたら、

 

何だろうな、意味合い、

 

幸運が起こる前の不思議な前兆。

 

みたいな。

 

そういう感じの事が書かれてて、

 

ああ、

 

そうなんだ。

 

へえー。

 

で、

 

まあ、話の内容的に、今回の利他流的に、

 

私が元々考えていた○○が、どうも違う気がするっていうのがあったんですよ。

 

はい。

 

しっくりこないなあ。

 

今回は主人公と、先生しか出ないしなあ。

 

○○じゃないなあ。

 

って。

 

でも、

 

もう期限まで時間もないし、

 

あああああ、

 

ってなってたんですね。

 

そんな中で、

 

まあ、

 

そんな中で読書してたんだ余裕ですね。

 

って思う向きもあるかもしれませんけども、

 

でも、

 

宗教的な何かを書くっていうテーマでしたから。

 

はい。

 

信じてない宗教の話を書かなくてはいけないっていう事でしたから、

 

何か、

 

何か、

 

ニュアンスだけでも、何か、

 

そう言うのが得られれば。

 

と、

 

藁縋の想いで、釈迦読んでたんです。

 

っていうか、

 

本当はゴールデンウイーク中には読み終わってたはずなんですよ。

 

うん。

 

だからね、

 

もう泣きそうでしたよ。

 

ええ。

 

私は。

 

人目もはばからず、泣きそうでしたよ。

 

でもね、

 

有難いことに、

 

奇瑞っていうのが出てきまして。

 

はい。

 

釈迦の後半の後半に。

 

ええ。

 

だからまあ、

 

セーフ。

 

良かったでした。

 

はい。

 

あと、

 

今回の利他流では、完全にサインを、

 

シャマランさんのサインをモチーフにして話を書きましたけども、

 

書き終わってから、

 

数日たって、

 

うん。

 

一回書いて、とにかく誤字脱字を見て、

 

寝て、

 

起きて、誤字脱字を見て、

 

一回外出て、誤字脱字を見て、

 

そんで、期限が来て、

 

ホッとして、

 

ホッとしてから、

 

あ、

 

奇瑞ってサインっていう意味かな。

 

って、

 

思いました。

 

はい。

 

サインの映画のサインも、まあ、幸運の前の不思議な現象。

 

と言えば、そうじゃないですか。多分。

 

だからね、

 

「……」

 

奇瑞ってサインなんだ!

 

って、

 

終わってから、

 

とりあえず書き終わってから、

 

思いました。

 

うん。

 

で、

 

それも合評会で言うの忘れたんですよねえ。

 

はい。