無為のmillefeuilleあるいはBaumkuchen

私自身の問題を多少なりとも解消させ、無為や泰然自若を養うための墓所

665回目

おそ幼女、三方四四古です。

 

えーっと、昨日そのなれそめというか、

 

蛇棺葬と、百蛇堂との、

 

関係についての話に終始してしまいましたので、

 

今日は改めて、

 

その話です。

 

はい。

 

まあ、昨日書いた事がほとんどですけどね。

 

私の中で。

 

「紙媒体では読めなかった本が、kindleだと読めるんだ私」

 

っていうのがかなり大きな部分を占めてましたけども。

 

とにかくその話。

 

蛇棺葬の最初、

 

本、紙媒体で挑戦した時、そこですぐに根を上げてしまったんですけども、

 

はい。

 

kindleさんはすごいもんで、

 

すごいもんっていうかな。

 

とにかく読んだんですね。

 

はい。

 

で、長い話というか、

 

まあ、

 

12番目のカードですら、最初で何度も挫折してましたから。

 

でも、

 

長い話っていうのはあれじゃないですか。

 

こう、

 

徐々に入れてこようとするじゃないですか。

 

ねえ。

 

わかりますか?

 

わかってもらえますか?

 

突然、いきなり角から、どぅーって出てくんじゃなくて、

 

突然目を覚ましたら、SAWで、足に鎖が繋がれていてッていうのじゃなくて、

 

徐々に入ってこようとするじゃないですか。

 

長い話って。

 

で、

 

それがいいじゃないですか。

 

長い話って。

 

やっぱり。

 

最初の難関と言ってしまうと、

 

失礼かもしれないんですが、

 

この蛇棺葬も、

 

12番目のカードも、

 

この最初の峠みたいなのに随分とやられてたと思うんです。

 

はい。

 

ブルシャークとかは、毎章の最後に、人が死ぬプレゼントをしてくれてたんで。

 

まあ、離れなかったって言うか。

 

ねえ。

 

そういう嬉しいサービスがあったじゃない。

 

でも、

 

この蛇棺葬は、そういうのじゃない。

 

12番目のカード的な。

 

これから長いよおっていうのを感じさせる。

 

そういうブックです。

 

エンデのモモだって、最後の方のモモさんの感じを知るとさ、

 

最初の方のモモさんはちょっと、こうあれだなって思う所じゃないですか。

 

でも、

 

それは最初のモモさんを知ったうえで、最後のモモさんと対面するからいいんじゃない。

 

ねえ。

 

長い話しってそういう事でしょう。

 

で、

 

蛇棺葬の場合、

 

それが紙媒体ではうまく出来なかったけども、

 

でも、

 

kindleではうまくいきました。

 

はい。

 

あ、結局そういう話になっちゃう。

 

うああ。

 

でもまあ、

 

あれですよね。

 

とにかく、

 

蛇棺葬の方は、

 

三津田さんの解説とか無いんです。

 

出てないからねまだ。

 

語りとしての三津田さんが出てくるのは百蛇堂の下巻から。

 

なんで。

 

だからなんでしょうな。

 

合ってるかどうかはさて置いて、あれはこういう事なんじゃないか。こういう事なんじゃないかっていうのが無いんです。

 

蛇棺葬は、

 

あったかもしれないけど、でもそれは知らない人のそういうのだから。

 

だから、

 

慣れ親しんだ三津田さんとか、刀城言耶さんのじゃないからね。

 

だから何でしょう。

 

本当に、

 

不安になりました。

 

はい。

 

不思議。

 

下巻の百蛇堂まで行って、三津田さんが出てきて、

 

それに安心を覚えた感じ。

 

うん。

 

上巻はずっと知らない世界を見せられたような。

 

そんな感じ。